最近の出来事

昨年3月11日の東日本大震災から昨日で丁度一年経ちました。

追悼記事や番組を目にするにつけて、自分が被災したときの状況を改めて詳らかに思い出してしまいます。

最近の出来事ではありませんが、自分の人生において大きな転機となったので書かせて頂きます。

私は当時、茨城県ひたちなか市にある、半導体工場に勤務していました。

大震災当日の一月ほど前から妙な揺れが頻発し、一週間前位から地震の前に大きな地鳴りを伴うようになりました。

当日は、猛烈な揺れが来て、卓上のPCの電源を始め、全ての電源が落ちました。

一切窓のない職場はほとんど真っ暗になり、ほのかな非常灯の明かりだけが頼りになりました。

すぐに机の下に隠れましたが、机の天板と床に両手を添えて体を支えていないと机の下から放りだされてしまうほどの激しい揺れでした。

書類は散乱し、棚は倒れ、机の上には業務用のエアコン、エアダクト配管が横たわっていました。天井を突き破り落下してきたのです。壁は崩れ落ち、安全扉は倒れて機能せず、水道管が破裂して水が滝のように流れていました。

直後に携帯電話にて家族に安否の連絡を取りました。私は単身赴任だったので切実でした。すんなり繋がりましたが、それ以降連絡を取ることは出来ませんでした。

幸い私はオフロードバイクで通勤しており、アスファルトが剥がれ渋滞し信号も消えている道を、動けない車の間を縫ってアパートに帰りました。泥だらけの人々と話をして沿岸部を津波が襲ったことを知りました。

アパートは比較的新しく施設の損傷はありませんでしたが、電気もガスも水も供給は止まっていました。トイレの貯水槽の水を飲み水にあてました。田舎なので、トイレに都合のよい藪があり助かりました。缶詰をストックしていてそれで食いつなぎました。

アパートに帰ってからも頻繁に大きな揺れがきました。押入れの中で寝転がって時をすごしました。周囲の住民の多くは、住居を出て車に毛布や布団を持ち込み、何日か過ごされていました。

ライフラインが寸断されると我々の生活は成り立たなくなります。実際体験してみると私たちは普段から有事に対して無防備な生活をしていることを思い知らされます。

備えとは何も「災害時物資」のことではありません。有事にどう行動するか普段から考えておくことが大切です。そして、私は「何かヤバい…」という虫の知らせに救われたと感じました。

さて、これから車のディーラーに行ってきます。両親が新しい車を買うというので一緒に見に行くことにしました。
レクサスISという車です。レくサスというと私たち世代にはちょっとお高いイメージがあってまったく情報がなかったのですが、調べてみるとやはり高級感があって落ち着いた雰囲気です。両親もとても気に入っているようなので、あとは値引き交渉ってところでしょうか。


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